研究成果
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米国のCTBTと核兵器の維持・開発計画について
議会調査局の報告の概要

向和歌奈
東京大学公共政策大学院/軍縮・不拡散促進センター インターン

2004年11月、米国議会調査局は報告書“Nuclear Weapon:Comprehensive Test Ban Treaty"[1]を公開した。この報告書は米国政府及び議会の包括的核実験禁止条約(CTBT)[2]と核兵器の維持・開発計画に関する動向を概観し、CTBTの批准にかかる賛否の立場(Pros and Cons)を浮き彫りにしている。この報告書の論点を整理し、米国の核兵器の維持と開発、そしてCTBTに関する賛否に分かれた見解の相違を紹介する。

CTBTと核爆発実験に対する姿勢

1993年7月、クリントン大統領は核実験のモラトリアムを発表し、1997年9月には上院にCTBTの批准承認を要請した。この要請をHelms上院外交委員会委員長は「不拡散の観点から見ると、CTBTは誤魔化しの条約以外のなにものでも無く、審議に入る価値は無い」と審議に入ることを拒否した。しかし、1999年9月に民主党のHerms上院議員及びLott共和党上院院内総務の要請により審議に入り、10月13日には投票されたが賛成48、反対51、棄権1で否決された[3]。
批准を要請したクリントン政権のCTBTに対する基本的な姿勢は以下の2点に絞られる。
・ CTBTは核兵器の拡散を止めるために世界的に展開している米国の行動を強化する、
・ 核兵器の安全性と信頼性を維持するために核爆発実験を行う必要は無い。
確かに核爆発実験を続けると核兵器の安全性と信頼性を確認できるが、実験を行うことにより支払わなければならない代償(例えば、米国が掲げる不拡散の目標を切り下げるばかりでなく他国[4]の核爆発実験を止めることは出来ない)は大きく、CTBTを批准して核爆発実験を禁止する方が、核不拡散政策の促進のみならず米国の安全保障を確保する面から見ても勝っているとするものである。
2000年の大統領選挙直後、CTBTを批准しないと宣言したブッシュ政権は、2002年1月、米国の核政策と核兵器の占める役割を見直し“The Nuclear Posture Review"を公開した。その中で核爆発実験再開の道を閉ざしてはいない。むしろ、必要に応じ、適時に実験が出来るよう核実験場の整備を進めるとしている。そして「現在のところ核爆発実験をする計画はないが、永遠に実験しないと約束するものではない」とし、「モラトリアムは継続するが、CTBTの批准には反対する」としている。
核爆発実験の再開に関してはクリントン政権とブッシュ政権の間に大差は無い。クリントン政権は「必要になった時、CTBTを脱退し実験する」としてCTBTの批准を要求したのに対し、ブッシュ政権は「必要になった時、速やかに実験できるようにしておく必要がある」と実験再開の足枷となる可能性があるCTBTは批准しないとしている。

備蓄核兵器の維持管理について

核兵器国は何れも核兵器の安全性と信頼性を維持するために、核爆発実験を行わずに備蓄している核兵器を維持管理するプログラム(Stockpile Stewardship Program[5]:SSP)を整備し、履行している。しかし、核兵器の信頼性と安全性を確認するためには核爆発実験が必要であると考えている人達もいる。
SSPの実態は上院の助言と承認に大きく左右される。部分的核実験禁止条約の発効した1963年以来、米国は条約で制限された範囲内で核兵器の性能を維持するための措置あるいは方策を実施してきた。
1995年8月、クリントン大統領は演説の中でCTBTの目標をzero yield[6]に該当しない核爆発実験を見つけることであるとした。そして、米国がCTBTを批准するために備えなければならない主要な措置として以下の6項目を挙げ、整備を進めると宣言した。
① 有効な核兵器の安全性および信頼性を保証するためのSSPの実施
② 核兵器開発と維持管理にかかる研究施設およびプログラムの維持
③ CTBTで禁止される核爆発実験の再開を可能にする基本的な施設と機能の維持
④ CTBTの監視能力を改善するための包括的な研究および開発プログラム
⑤ 核兵器、核兵器開発プログラム、その他関連活動に関する世界規模の諜報プログラム
⑥ 国防長官およびエネルギー省長官がアメリカの核抑止力に関わる核兵器の安全性と信頼性について、もはや十分信頼できる状況には無いと判断し、その実状を大統領に通報した場合、大統領は議会と協議の上、必要となる如何なる核爆発実験をも遂行できるよう、至高の国益条項(supreme national interests clause)に基づいたCTBTからの脱退。
CTBTの批准に関する議論では、@のSSPの機能と有効性に対する見方の違いからくる議論が中心となった。批准反対者は、SSPは核兵器の性能の維持を担保するには十分ではなく、コンピュータシミュレーション、未臨界実験ならびにその他の関連技術に基づくSSPの開発途上に発生するであろう新たな問題を解決することはできないと主張し、さらに同プログラムの整備にはこの先何十年もかかる可能性があり、その頃には核爆発実験の経験を持つ研究者と技術者はすでに第一線を退いていると警告する。それに対し批准支持者は、最新の科学技術を基礎とするSSPによって核弾頭の安全性と信頼性を維持することが可能であるとエネルギー省長官および核兵器の開発に携わっている国立研究所所長から答申を得ていると、これまで続けてきたSSPの実績を強調し、反対者が危惧している実験再開に関しては上記のEの措置が整備されれば単なる危惧以上の何ものでも無いとしている。

CTBT批准の賛否にかかる主要な論点

批准支持者は、CTBTが核不拡散条約(NPT)[7]および1995年のNPT運用検討・延長会議において公約した「核兵器国の誠実な軍縮への取り組み」に資すると、国際協調路線を重視し、CTBTが発効することにより、少なくとも以下に示す利点があるとしている。
・ 核兵器国のみ核爆発実験が可能という差別的な現在の体制の終焉。
NPTは非核兵器国が核兵器の保有、そして設計と開発、さらにそれらに関連する機微な情報を取得することを禁止[8]しており、核兵器国のみが核爆発実験をすることが出来る。しかし、CTBTの下では核兵器国を含め平等に核爆発実験は禁止される。
・ 米国の核兵器関連技術の優位を維持した状態で凍結し、将来に亘ってその優位を保証。
米国のSSPはロシアあるいは中国のそれより充実しており、シミュレーション技術は他の国に比べて進んでいる。またこれまで行ってきた核爆発実験により収集し、構築したデータベースはシミュレーション技術の改良に使われ、核兵器の安全性と信頼性を検証する手法と技術の信頼性を保証する。
・ 核爆発実験により核兵器の性能を確認する必要がある国の新型核兵器の開発を阻止。
米国ではシミュレーションにより核兵器の改良を進めるばかりで無く、新型核兵器開発の余地を残しているが、シミュレーション技術の整備が遅れ、核爆発にかかるデータベースが完備していない国では核爆発実験で確認する以外に核兵器の信頼性[9]を保証する方法はない。
これらは総て米国の安全保障を改善し、脅威を削減する。さらに、インドの熱核兵器(水爆)の開発能力を妨げるという効用[10]を持っている。また、中国がスパイ行為により取得している機微情報に基づく新機能を核弾頭に組み込むことを阻む役割をも担うことになるとしている。

批准反対者は、核兵器の安全性および信頼性を維持する唯一の確かな方法は核爆発実験により確認することであると反論する。この見方は、米国の核能力の維持には核爆発実験が必須であり、米国が核戦力の優位を保たない限り、米国そして世界の安全保障を約束できないと見ており、もし核戦力の絶対的な優位が崩れた場合に起きるかも知れない状況を考慮して以下の主な懸念事項を挙げている。
・ CTBTは米国の備えている核戦力の絶対的優位な状況を保ち続ける障害となる。
同盟国の中に核の傘の効果に懐疑的な国が広がると、自国の安全保障を確保するために核兵器開発に進む可能性がある。
・ CTBTは米国の核抑止力の信頼性を低減させ、実質的な核軍縮につながる。
核抑止力が低減すれば、米国そして世界各国が少数の核兵器しか持っていない国、あるいは非国家グループからあらぬ脅迫を受けるような事態が起り得る。
・ 新たに核兵器を持とうとする国はそもそもCTBTに署名することはない。
かかる国はいずれかなり洗練された核兵器を造り、持つことになる(CTBTの核兵器拡散を抑止する機能は限定的である)。
・ 条約違反である核爆発実験の事実を検証することは極めて困難である。
米国は核爆発実験の疑いがある爆発事象の世界規模での監視を可能にするCTBT国際監視制度の整備には積極的に参加しているが、検証制度の中で最後の決め手としての役割を担う現地査察の整備をボイコットしている。これは現地査察の発動等を決定する執行理事会の構成[11]と、執行理事会の意思決定手続、そして有効な現地査察の実施と査察結果の判定手続等に問題がある[12]と見ているからである。

このように、CTBTは米国の核戦力を弱体化する一方で新たに核兵器を保有しようとする国に対する抑止力にはならず、核兵器の拡散を抑止するものではない。この様な状況が続けば、米国としても新たな脅威に対抗する新たな核兵器が必要となるかもしれない。そして、仮にある国が新たに核兵器を持つか、あるいは他の核兵器国が新たな核兵器を開発した場合を考慮すると、ミサイル防衛の整備を進める以外に適切な対応策は無いかもしれないとしている。

以上

[1] Nuclear Weapons: Comprehensive Test Ban Treaty, CRS Issue Brief For Congress, November 8, 2004 [http://www.fas.org/spp/starwars/crs/IB92099.pdf]
[2] 包括的核実験禁止条約(CTBT; Comprehensive Nuclear-Test-Ban Treaty)は1996年9月、国連総会において決議文CTBT/MSS/RES/1“Resolution Establishing the Preparatory Commission for the Comprehensive Nuclear-Test-Ban Treaty Organization"によるCTBTO準備委員会の設立を条件に採択された。2004年9月30日にタンザニアによる署名・批准、また同年11月30日のルワンダによる署名・批准により2004年12月10日現在、ロシアを含む174カ国がこれを署名、120カ国が批准を済ませている。発効のための条件は、附属書二に掲げられている国の批准書が寄託された後であり、現在発効要件国全44カ国中、33カ国がこれを批准している。そして未署名国はインド、パキスタン、北朝鮮の計3カ国であり、未批准国は中国、コロンビア、エジプト、インドネシア、イラン、イスラエル、米国、ヴェトナムの計8カ国である。
[3] 批准の承認を可決するためには上院議員の2/3以上の賛成が必要である。また、CTBT批准にかかる審議の再開は、行政手続き上、政府を離れ上院に移っており、審議再開の決定権は上院外交委員会が握っている。
[4] 他国とは他の核兵器国と読む必要がある。
[5] 核爆発実験を行わないで計算機によるシミュレーションあるいはピットの物性試験により備蓄核兵器の信頼性および安全性を検証するプログラム。NNSA(National Nuclear Security Administration)はSSPとその他関連プログラムを行なう自立機関として1999年、DOE(Department of Energy)内に議会により設立された。なお、SSPはこのNNSAの予算内に組み込まれている。内訳は大きく分けて3つの分野であり、それらは@Directed Stockpile Work ACampaigns BReadiness in Technical Base and Facilitiesである。2001年度会計におけるNNSA予算額は50.06億ドル、2002年度54.29億ドル、2003年度59.54億ドル、2004年度63.39億ドル(調整済)と増加傾向にある。なお、2005年度に要求されている額は65.68億ドルである。
[6] “zero yield"は核爆発の定義を避け、CTBTの禁止する核爆発の規模の定義を政治的に理解可能な言葉で表現するために使われた語句であるが、その科学的な定義は無い。米国及びロシアは「“zero yield"とは核爆発実験によって生成された放射性核種が閉じられた実験体系から漏れ出さないこと、すなわち検知可能な“Yield"は無い(=zero)ことと解釈する」との見方を取っていると見られる。
[7] 核不拡散条約第6条
[8] 核不拡散条約第2条
[9] SSPでいう核兵器の信頼性とは核兵器が設計通り爆発し、威力を持つことを意味する。
[10] インドがCTBTを批准した場合のことである。
[11] 理事国の構成はアフリカから10カ国、東欧から7カ国、ラテン・アメリカ及びカリブから9カ国、中東及び南アジアから7カ国、北アメリカ及び西欧から10カ国、そして東南アジア、太平洋及び極東から8カ国の計51ヶ国で構成される。
[12] CTBT第2条第36項、現地査察の発動等、実質事項の決定は理事国の3分の2以上の多数によって決定する。この手続きの現地査察に係る問題は理事国の構成にあり、過半数の国は現地査察の必要性を判断する独自の科学的・技術的能力を備えていない。この様な理事会では審議事項の実態にかかわらず多数派である開発途上国を先導する国の意向で決まる。