軍縮・科学技術関連活動
軍縮・不拡散問題講座|軍縮・不拡散関連活動

大量破壊兵器テロリズムの諸問題

宮坂直史
防衛大学校助教授
平成16年度 軍縮・不拡散問題講座(8/31)

「大量破壊兵器テロ」の名称
 「大量破壊兵器(WMD)テロ」には、いくつかの言い回しがあります。たとえば、内閣官房や日本政府が出している文書を見ると、「NBCテロ」という言い方がよくされています。米国のアシュトン・カーター(元国務次官補)とかジョン・ドイッチュ元CIA長官などは、90年代半ばから、「catastrophic terrorism(破滅的なテロ)」、またヨナ・アレクサンダー(ジョージ・ワシントン大学教授)という米国を代表するテロ研究者は、「super terrorism」という表現を使っています。
 「CBRNテロ」という言い方もなされます。「C」が化学(chemical)、「B」が生物(biological)、「R」が放射能(radioactive)、そして「N」が核(nuclear)です。米国やイギリスでは、また日本でも外務省などの会議録などを見ていくと、「CBRNテロ」と書かれていることがあります。

テロ対策コミュニティ
 現在、少々大げさな言い方かもしれませんが、テロ対策の国際会議なり、国内での関係省庁の会議なりが、毎日必ずどこかで行われています。そこで共通して議論されることが二つあります。一つは、グローバル・テロの活動をどのように規制するかという問題です。もう一つが、大量破壊兵器テロをどのように未然防止するか、もし発生してしまった場合、どのように被害を最小限に抑えていくか(被害管理)、社会的なパニックをどのように抑えていくかという観点です。
 大量破壊兵器テロのうち、テロ対策のコミュニティの中では、特に「B(生物兵器)テロ」への関心が高いように思われます。開催される会議をざっと見ただけでも、核兵器・化学兵器よりも生物兵器テロの話のほうが多く議題にされるという印象があります。
 大量破壊兵器テロ対策が、どのようなところで議論され、具体的な対策が立てられているかを見ていくと、まず一番大きなレベルでは国連です。そして国際機関、地域機構あるいは地域フォーラム、G8あるいは二国間での協議、さらに一国内を取り上げてみますと省庁間というレベルになります。大量破壊兵器テロを議論する省庁は、たとえば日本の場合、防衛庁、外務省、国土交通省、(医療が関係するため)厚生労働省、それから法務省や財務省など、非常に多岐にわたります。加えて「トラック2」という政府担当者や民間・政府外部の専門家などが集まる国際会議が開催されることがあり、そうした場で大量破壊兵器テロの議論がされています。
 さらに、中央政府あるいは専門家だけが大量破壊兵器テロの話をしているわけではありません。この問題は、中央政府だけではなくて、もっとローカルに考えなければいけない。テロが発生した場合、最初に対応するのは現場の警察であり、消防・救急、現場の医療機関です。被害に遭うのは、民間人のケースが想定される。ですから中央政府や国際会議・国際社会だけで議論して済む問題ではなく、この議論には、地方自治体や地方の消防・保健の関係者、医療機関、その他の民間(たとえば公共輸送機関)の方々も参加されています。

WMDテロの主体
 「大量破壊兵器テロ」に関して、真剣に取り上げて対策を講じる必要があるのか、という疑問を持つ方も少なくないのではないかと思います。2001年には、米国で9・11テロと炭疽菌手紙テロ事件がありました。後者では5人が死亡し、18人が感染して発症しましたが、犯人はまだ捕まっていません。この前年の2000年、米国FBIは、大量破壊兵器関係で257件も通報を受けて出動し捜査しました。そのうちの200件が炭疽菌絡みの事件で、そのすべてがでたらめでした。炭疽菌ではない白い粉を炭疽菌だといってだまして世間を騒がすような事件、あるいは脅迫するような事件など、炭疽菌絡みの事件は非常に多く、2000年の段階でFBIが振り回されている実態があったわけです。ただ、実際にテロが実行されて多くの人が死傷しないと、メディアも注目しません。いたずらや未遂で終わると、新聞では小さなベタ記事で終わってしまい、我々の記憶に残らない。しかし実は、そうした事件が非常に多いということを申し上げたいと思います。
 次に、WMDテロを実行する主体を考えてみたいのですが、今まで実際に起こった事件、未遂事件等を含めると、いろいろなグループがテロを起こしています。これは、大きく四つに分けられると思います。第一に、比較的大きなテロ組織が単独で事件を起こすようなもの。たとえば95年には、チェチェン過激派が放射性物質を入手し、モスクワの公園に埋めて、テレビ局を呼び出して穴を掘らせたところ、放射性物質(セシウム137)が出てきた。それによって、ロシア当局を脅していますので、明白なテロです。
 第二に、もう少し小さなグループが単独で事件を起こすようなケースがあります。たとえば「エコ・テロリスト」で、これは環境保護を名目にテロを起こすようなグループ。環境保護のためには余計な人間には死んでもらわなければいけないといって、大量殺戮を実施するために生物剤を手に入れるという事件です。人間を少なくすれば環境保護になるという、そういう狂信的な集団です。また米国には「極右(far right)」があります。これには、「ミリシア」というのと、もう一つは人種差別主義のキリスト教アイデンティティーとの二系統があります。いずれにせよ、強烈な反連邦政府で、極めて狂信的です。
 第三に、個人で生物剤や化学剤を手に入れてテロを起こそうとする人たち。1998年に逮捕されたラリー・ハリスは、イラクが生物剤を保有していて米国に攻撃を加えてくる、その証拠を持っていると手紙に書いてホワイトハウスに送ったのに相手にしてくれない、であれば自分が代わりにやってみせる、といって、国内の細菌バンクから腸チフス菌などを取り寄せてテロを仕掛けようとした。やはり狂信的な人です。
 第四に、国家の秘密警察が実行するケースで、ブルガリアが亡命ブルガリア人をロンドンで殺す、などといった事件がありました。
 これまでのWMDテロのターゲットも見ておきたいのですが、無差別大量殺傷、特定の地域住民、特定の個人、特定の施設、政府機関・自治体があげられます。大量破壊兵器を使うからといって、必ずしも無差別大量殺傷になるとは限らない。個人を狙う場合もあるし、特定の施設を狙う場合もあります。
 今後のWMDテロの主体、つまり今後どういう人たち、あるいはどういう形態でテロが起こるかということですが、①国家に支援されたテロ組織またはテロリスト、②国家の一部機関に支援されたテロ組織、③テロ組織単独、④小グループ単独、⑤テロ組織、グループ間の連携、⑥テロ組織、グループ、その他犯罪組織の連携、⑦個人、⑧国家による隠密テロ攻撃があげられます。私はこのうち、一番可能性が高いのが⑤や⑥だと思っています。これまでは、単独のグループなり組織が事件を起こしてきたケースが主流でしたが、現在の国際テロの情勢を見ていると、一つのグループでやっているのではなくて、複数の集団、グループ、個人がかかわって、テロの準備をして、武器を集めて、実行して、逃亡するとケースが増えています。こうしたケースでは、事件が起きた場合、捜査が非常に難航するのではないかと思われます。

WMDテロ対策
 大量破壊兵器テロの実行には、①意志のある集団、個人、②ノウハウのある集団、個人、③生物、化学剤、放射性物質などを取得できる環境、④手薄な監視や抑止という4つの要素が必要で、これらが揃わなければ、事件は起きにくい。「意志」については、根絶できませんが、③④への対策で、そうした「意志」をもつ人が減っていくのではないか。WMDを入手し使用するノウハウについては、既に広く拡散してしまっており、もはや止めることは難しい状況にあります。むしろ、その生物剤・化学剤や放射性物質を取得できる環境を減らしていけばいい、というのが現実的です。不拡散や輸出入管理、関連物質を取り扱う施設の管理を行い、あるいは摘発を進めていく、といったことがあげられます。そして最後に、手薄な監視では抑止にならないので、もう少し厚くしていく、あるいは特定グループをマークしていく、警戒警備を高めていくということが現実的な対応だと思います。
 日本は、オウム事件以降、徐々にではありますが、大量破壊兵器テロ対策を練ってきました。ただ、その動きが加速したのは、米国で9・11テロ、そして炭疽菌手紙テロ事件が発生した2001年以降のことです。9・11テロや炭疽菌手紙テロ事件が起きた当初は、これらにいかに対応するかということで振り回されていたと思います。しかしながら、時がたつうちに、一時的な事件対応ではだめで、もう少し包括的・総合的な対策をとらなければいけないというようになっていきました。2001年11月8日には、「生物化学テロ対処政府基本方針」ができ、これにのっとって実にさまざまなことがなされました。
 たとえば、WMDテロの中で最も懸念されているのは、天然痘を使ったテロです。もし天然痘の患者が発見された場合、日本はどのように対応するかというのは、厚生労働省のホームページを見ていただくと、『天然痘対応指針』という90ページぐらいの冊子でかなり細かく規定されていて、インターネットでダウンロードできます。あるいは内閣官房であれば、そうした重大テロが起きたときに地方と中央の連絡態勢をどうするかというようなマニュアルが何度も改訂され、これもインターネットなどで見ることができます。厚生労働省、国土交通省、農林水産省、法務省、(資金面での規制を行う)金融庁、防衛庁や外務省を含めて、各省庁とも、さまざまなテロ対策をやってきました。
 他方、日本の取り組みにはいくつか問題があるのではないかと思います。まず政府は、大量破壊兵器テロは重要だ、この問題に備えなければいけないといっていますが、政策の目標が示されていません。しかも、安全保障政策や防衛政策といった中で、大量破壊兵器テロをどの程度重要な問題と位置づけるのか、全く示されていません。どのような弊害があるか。最初に申し上げたように、大量破壊兵器テロ対策は、地方自治体や民間を巻き込んで、一緒になって対応を考えていかなければいけない。しかし、民間企業や自治体の中には、かなりの認識のギャップ(温度差)があります。たとえば、政府はイラク戦争で国際情勢が怪しくなると、輸送機関に対して警戒警備を強化するよう求めます。本当にそこまでやる必要があるのか、なぜ、いつまでやらなければいけないのか、という疑問の声が上がっています。政府は、単にテロの脅威があるからやれと、民間企業にいうだけではなくて、どの程度の脅威なのか、いつ、何を目的にしてやらなければいけないのかということを明確に示さなければいけない。
 第二の問題点は、官民のネットワークが非常に弱いということです。もちろん、これは分野によって違いますが、全体としてそういう印象です。これを克服するために、国土安全保障会議のような極めて大規模な会議を年に3〜4回国内で開いて、300人400人単位の多くの関係者が一堂に会して、現在の政策を聞いたり、地方での取り組みを披露したり、ネットワークの構築に努めるような場をつくるべきだと思っています。米国では国土安全保障会議というものが頻繁に開かれており、同会議に出席したときの感想などを「米国における国土安全保障とテロ情報」(『警察政策(第6巻・2004年)』)という論文に書かせていただきました。
 何度も申し上げているように、この問題は、関係する中央政府だけが音頭をとって進めていけばよいという問題ではありません。地方自治体、民間企業、そして決定的に重要なマスコミ、一般国民、すべての人を含んで、その人たちの理解と協力のもとに進めていかなければいけない。しかし日本の場合は、オウム真理教事件一つをとっても、何らその事件の見直しということをやってきませんでした。
 米国では、なぜ9・11テロを招いてしまったかについて、560ページにわたる独立調査委員会の最終報告書が2004年7月末に出ました。クリントン政権時代までさかのぼって、米国の最高首脳たちがどのような認識を持っていたのか、どういうところに間違いがあったのかをあぶり出そうとした委員会で、第三者に権限を委任して、閣僚たちをCNNテレビの前に引っ張り出してやっていたわけです。上下両院の情報特別委員会などでも、同じような政策の見直しをやっていた。
 日本では何か大きな失敗・事件があっても、それを事後に、権限を委任された第三者が、当時の政府の中の文書まで見て、政策(決定)過程を検証し、何が問題であったのかを報告書に出して、そして国民の議論に付するというようなことが一切ありません。これでは民主主義国家として、根本的な欠陥があるわけです。事件が終わり、首謀者が逮捕されれば、それで終わりという体制にある。
 そのレビューができないのであれば、せめて地下鉄サリン事件が起こった3月20日ぐらいは「テロ災害の日」に指定するのはどうでしょうかということを、消防庁や総務省に提案していますが、あまり色よい返事をもらっていません。9月1日は「防災の日」で、3月20日を「テロ災害の日」とすると、ちょうど半年のインターバルです。3月20日を「テロ災害の日」とすると、かつてこんな事件があったのかと、後の世代まで伝えられるということです。あと5年もすると、オウム真理教や化学兵器サリンの事件など、一切知らない若者が大学に入ってきます。それではいけないと思います。
 この他に、権限を付与させた他者にレビューさせる、図上演習(テロ計画から実行、逃亡までの一連のプロセスを対象にしたシナリオ)や実地訓練(主として被害管理)を重ねる、パニック防止のためのマスコミ報道の在り方を議論する場を設ける、企業の危機管理体制つくりに関する情報交換を行う、威力業務妨害に対する抑止方法を考える(加重罰)といった対応も考えられます。

テロ対策措置の分類
 テロ対策措置には、まず「予防・先制」があります。テロリストがテロをやるという情報をつかみ、実行する前に逮捕するということです。次に「被害管理」で、大規模事件が起きたときに、被害者たちを現場でどのように除洗したり病院に運んだり、あるいは社会的パニックを抑えていくかということです。3番目の措置として「対テロリスト」。これは事件を起こした個人や集団に、司法的にどのように対応するのか。国内であれば逮捕ということですが、仮に海外に逃亡した場合にどうするのか、あるいは国際テロリストだったらどうするのかという問題があります。そして4番目に、事件が一段落したら、レビューをし、失敗の教訓を引き出し、新しい措置を考えるということです。この一連のサイクルから、テロ対策が成り立っています。
 国内で対策を実施する場合、自分たちの省庁あるいは機関だけでやる場合(自助)と、他と連携する場合とがあります。国際的に見ると、友好国や有志連合でやる場合、同盟国と一緒にやる場合、域内協力でやる場合、G8協力、国連・国際機関でやる場合があります。それぞれが具体的な大量破壊兵器テロ対策に関して、全く別個に取り組んでいるわけではなくて、たとえば国連や国際機関で決まったことを、G8の会合でもう一回見直して強調していたり、G8の会合で決まったことを、アジア太平洋域内のフォーラム(会合)でもう一回見直して再強調したり、お互いに参照し合っているわけです。
 日本の中で、テロ対策は国連で一緒にやるべきだ、G8に偏り過ぎるべきではないという主張がなされますが、それが何を意味しているのか全くわかりません。国際会議で議論され、決められた項目は、G8にせよ、国連にせよ、域内協力にせよ、それほどかけ離れたことをバラバラにやっているはずがない。互いに参考にし合って、同じようなことをさまざまなところでやっているわけで、それぞれが全く別個に動いていることはない。

「想像力」
 大量破壊兵器テロを考える場合に重要なのは、想像力を働かせることです。なぜ想像力かというと、極めて大きな規模で人が殺された大量破壊兵器テロというのは今までにないからです。地下鉄サリン事件でも、5500人が負傷しましたが、亡くなったのは12人です。ラジニーシ(教団)がサルモネラ菌をばらまいた事件でも、750人が病院に行きましたが、死者は出なかった。他方、極めて狂信的な人や集団が起こしてきた未遂事件、あるいは武器を所持して逮捕されるような事件は結構多い。過去に起こった事件の断片をつなぎ合わせると、どういうものに対処し、備えていくべきなのかというカギが潜んでいるわけです。
 想像力を働かせるということは、決して小説に書かれてあるような空想に基づくことではありません。過去にいろいろな手がかりがあって、それを合わせてテロのシナリオをつくっていく。テロのシナリオをつくって、それぞれの局面でどのように対応できるのか、できないのかを考えていくということです。
 講談社の『東京に核兵器テロ!』の筆者は、ロシアを含めていろいろな被爆地で実態調査をしている放射線医学の先生です。小型核兵器が東京虎ノ門のホテルで爆発する。そこから風向きで池袋のほうに放射能が流れていくというストーリーです。是非、読んでみてください。
 この本では、いきなり核テロが起こるところからシナリオがつくられています。その犯人がなぜ日本を狙わなければいけないのか、どのようにして小型核兵器を手に入れたのか、どのようにして日本に持ち込めたのか、入国管理のときにどうしてチェックできなかったのかなど、事件発生前までさかのぼって、いろいろなシナリオを考えることが必要です。そして、事件が発生しても、世界が終わるわけではない。核テロが起こっても東京が破滅するわけではない。事件が起こったら、その後、犯人をどのように追及していくのか。海外に逃亡した国際テロリストを、どういった国々と協力して捕まえるか。何を日本は目指すのか。そこまでシナリオを考え、いろいろなケースをゲーミングしていくことが重要だと思います。

(了)